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時の話題
「千の風になって」(2007年7月)
作者不明の詩『千の風になって』が、朝日新聞の「天声人語」(後述)に記載されて以来わが国で静かなブームを呼んでいる。
数日前、親しくしている友人の娘さんが乳癌の転移で死去され、ご葬儀で娘さんが通っていた英語塾の先生が悼辞として、「千の風になって」の英語詩を披露された。
偶然ではあるが私はその詩を以前から知っていた。3年前にやはり北大で同期のT君が心筋梗塞で急死され、1周忌の折り、奥様から『あとに残された人へ 千の風』注)の本を戴いた。訳者の南風 椎(はえ しい)の詩を興味深く感じ、当時は幻の詩人といわれたサムエル・ウルマンの「青春とは」という詩集に似た感動を覚えていた。
注:1995年6月6日 初版2001年7月3日 7刷 三五館 発刊
その後、作家・作詞作曲家・写真家で、長野オリンピックのイメージ監督など各方面で活躍されている新井 満氏が2003年11月に「千の風になって」と題した写真集を発刊され、一躍脚光を浴びた。
何故この様な「英語詩」がこれほど有名になったのであろうか。この詩の作者をめぐって様々な説が飛び交っている。
インターネットで調べてみると、19世紀末にアメリカに移住したイギリス人男性であるという説、メリー・Eフライというイギリス人女性が書いたとする説、米国先住民の伝承であるとする説など言われているが、未だによく分かってない。
「天声人語」で書かれているように「いつどこで生まれたか、わからない。風のような詩だ」と言うのが本当のようである。
以下、2003年8月28日の朝日新聞の「天声人語」に論説委員の小池民男氏が「千の風になって」について書かれているのを紹介する。
内容は誰がつくったかわからない一篇の短い詩が欧米や日本で静かに拡がっている。愛する人を亡くした人が読んで涙し、また慰めを得る。そんな詩である。
▼ 英国では95年BBCが放送して大きな反響を呼んだ。アイルランド共和軍(IRA)のテロで亡くなった24歳の青年が「ぼくが死んだときに開封してください」と両親に託していた封筒に、その詩が残されていた。
▼ 米国では去年の9月11日、前年の同時多発テロで亡くなった父親をしのんで11歳の少女が朗読した。米紙によるとすでに77年、映画監督ハワード・ホークスの葬儀で俳優のジョン・ウエイが朗読したという。87年女優マリリン・モンローの25回忌にも朗読されたらしい。
▼ 日本では、95年に「あとに残された人へ 千の風」(三五館)として出版された。
最近、作詞・作曲家の新井 満さんが曲をつけて、自分で歌うCD「千の風になって」を制作した。私家盤で、友人らに配っている。新井訳の1、2番を紹介する。
▼ 「私のお墓の前で 泣かないでください/そこに私はいません 眠ってなんかいません/千の風に/千の風になって/あの大きな空を/吹きわたっています」「秋は光になって 畑にふりそそぐ/冬はダイヤのように きらめく雪になる/朝は鳥になって あなたを目覚めさせる/夜は星になって あなたを見守る」
作者をめぐっては、19世紀末、米国に渡った英国人、30年代の米国人、米国先住民の伝承など諸説ある。いつどこで生まれたのかわからない、風のような詩だ。
新井氏は〔死と再生の詩『千の風になって』は、いったい誰が書いたのだろう〕の解説の中で"作者不明の詩"の説明文を次のように書いている。「原詩は当然、日本語ではない。何語で書かれた詩なのだろう・・・英語かフランス語か、それともドイツ語か、ロシア語だろうか」
そして、私の手元にある『あとに残された人へ 千の風』〈訳・南風 椎(三五館)〉は15点の風景写真に、わずかひとつの詩を載せただけのシンプルで、清潔な美しい写真集である。本の巻末に英語で書かれた12行の短い詩が掲載されている。作者の名はない。
新井氏はその本のことを次のように推察する。
出版社と南風さんは、ある日、どこの誰かが書いたのかわからない奇妙な英語詩に出会い、それを日本語に訳し、この愛すべき写真集を出版した。
英語詩には難しい単語は1つもない。簡単に翻訳できそうに思われた。ところが、いざ翻訳しようとするが、つかみどころがない。するりと逃げていく「ヘビ」のようなところがこの英語詩にあり、何度挑戦してもうまくいかない。ぼんやり瞼を閉じている内に、この詩の謎を解く鍵は"風"にあるらしいことがだんだん分かってきた。
人間が死ぬと、まず風になる。次に様々なものに生まれ変わる。
彼は作者の考えを整理した結果、
- 私は死んだけれど、実は死んだように見えているだけで、本当の意味で死んではいない。
- では、どうなったかというと、人間以外の他の存在に生まれ変わったのだと解釈している。そして、彼の解釈は「私はたしかに死にました。けれど、人間以外の命に生まれ変わって、今もしっかり生きているんです。
- だから、心配しないでください。私のお墓の前で、そんなに嘆き悲しまないで下さい・・・」
作者は、そういう詩を書いたのだと・・・そのような作者の思考を〈アニミズム〉というそうである(注:アニミズム:animism。物活説。動物・植物など万物に霊魂があるとする。信仰の意味)。
即ち"いのちは、永遠に不滅"。要するに作者は"死と再生の詩"を書こうとしたのだと彼は、説いている。
そして作詞・作曲家である彼は、ギターによる歌を作曲し、CDとして発表した。「千の風になって」のレコーディングは彼の古くからの友人、吉田 哲さんと由美さん夫妻が経営するスタジオで、由美さんが弾くピアノに合わせて彼が歌い、哲さんが録音した。
CDの歌を聴いていると、様々な人々の顔が浮かんで消えゆく。
大切な人を亡くした時、本書を思い出し、詩をくちずさむことでなごやかな気持ちになるであろう。
60年代は新宿の「どん底」「カチューシャ」「灯」など全国の歌声喫茶で、ロシア民謡や労働歌が歌われ、70年代には「カラオケブーム」。現代は"個の時代"になり、現在のリクエストNo.1は秋川雅史の「千の風になって」(昨年の紅白歌合戦で熱唱)で、いつの世代でも心を癒す歌の力は健在である。
「千の風になって」のCDは現在の荒廃気味な世相に吹き抜ける、ひとつの風である。清涼感溢れる音楽と詩に魅せられて、このCDにすっかり嵌っている今日この頃である。
a thousand winds
(Author Unknown)
Do not stand at my grave and weep,
I am not there, I do not sleep.
I am a thousand winds that blow;
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain;
I am the gentle autumn' s rain.
When you awake in the morning hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet in circled flight.
I am the soft star that shines at night.
Do not stand at my grave and cry.
I am not there; I did not die.
(記 北海道医報・2007年7月号掲載)
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