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海外旅行
ニュージーランドの想いで (1)
1997年の正月にニュージーランド(以下NZ)を旅した。
NZの面積は日本の1/3程でありながら、人口は約360万人と札幌の2倍足らずしかない。その代わり羊の飼育頭数は約7,000万頭を数える羊の王国です。気温は地球の正反対にあるため、丁度真夏の気候です。
クライストチャーチは人口32万人。この国ではオークランド、ウエリントンに次ぐ第3の都会である。しかし、日本の都会を見なれているものにとっては、これが都会とは思えない。第一に高層建築を造ることを禁じている市の条例があるらしい。
ツアー客12名で成田を出発、時差は2時間で、約8時間で、クライストチャーチ着。現地の家庭を訪問。部屋には長押(なげし)に相当する部分に、ワイヤーを張って、それに友人、知人からのクリスマスカードがびっしり吊り下げされているのにはびっくりした。
眼下に南太平洋が見える。太平洋の潮の干満が大きいので、それを感知するカウリという時計が掛けられていた。カウリは巨木になり、この木で造った時計が潮の干満を知らせる時計になるという。丁度満ち潮の時間と重なり、カウリが動き出したのには驚いた。
のちにさっそく買い求めた。素敵な昼食と見事な庭園にまず感動する。
午後は市の中心にある1881年にできた英国式のゴシック建築の大聖堂を見学、次いで日比谷公園の約16倍というビクトリア女王やキャプテン・クックの像のある「ハブレー公園」を散策した。
NZはクライストチャーチ学寮出身者により殖民され、開拓されたという歴史がある。
夕食はエイボン川沿いの追憶の橋(第一次世界大戦に出征する兵士をこの橋から見送ったということから名付けられた)の近くにあるティファニーズで夕食する。食事を終えた午後9時頃でも外は明るい。夜明けは遅く、われわれは明るい夜道を楽しみながらホテルに戻った。
翌日はアクアブルーの美しいデカポ湖を眺め、サザンアルプスの山々を眺めながら、マウントクック着。
ここは最も期待し、憧れていたマウントクック連山とタスマン氷河遊覧飛行で、氷河から眺めるマウントクックは標高3,753メートル、富士山(3,776メートル)よりは少し低い程度の山だが、その周囲は氷河である。有名なタスマン氷河である。搭乗した飛行機は8人乗りのスキー型の下駄をはかせたもので、「スキー・プレーン」という。
飛行機は飛び立ったとおもったら、急にグーッと沈み込むように降下する。タスマン氷河を眼下に眺めながら、操縦士はサービスのつもりで、機体を左右に振ってサービスしてくれる。約20分ほど飛んでから山間の雪原に着陸した。
マウントクックでは「とるのは写真、のこすのは足跡、野生のものには餌を与えるな」と言われているそうだが、氷河の上には野生の動物は何も見掛けなかった。
あいにくマウントクックの頂上は雲に隠れて見えなかったが、それに連なる連山は3,000メートルを超す雄大な眺めであった。
私は、ぜひ将来エベレストのベース・キャンプから山頂を望みたいと願っているが、エベレストと言えば、NZの英雄エドモンド・ヒラリーは1953年、イギリスの第7次エベレスト登山隊に参加し、初登頂に成功した登山家である。
イギリス王家は彼の栄光を称えて「サー」の称号を授け、5ドル紙幣に登頂に成功した35才の彼の肖像写真を採用した。王家以外で、生きているうちに紙幣に採用されるのは極めて珍しいことだそうである。
彼は現在も81才で健全である。エベレスト登頂のためにマウントクックに何度か挑戦し、技術を磨いたという。
泊まったホテルはハーミテイジホテル。この村では最高級ホテルで、Hermitage(草庵)と名づけられているだけに、立派ではあるが、プレハブ造りのような建物であった。
マウント・クックはキャプテン・クックの偉業を称えて、NZ第一の山に名付けたものであるが、マオリ族はこの山を「アオラキ」と呼ぶ。「雲を突き抜ける」という意味だそうである。
この周辺には、ルピナス(昇り藤)の花が一面に咲き誇っていた。
全く日本式ムードのマルイア温泉に水着を着けて、露天風呂入浴。旅の疲れを癒した。 その後の日程は途中グレンマークという野原のなかに観光用の駅があり、3両編成のディーゼル車に試乗した。列車はのろのろ走る。線路の上を牛がゆうゆうと歩いている。
NZの代表的な鳥、「エミュー」に逢う。駝鳥を小さくしたような鳥で走鳥類で、飛べない鳥である。また固有な鳥として有名な「キウイ」はオーストラリア原産で、この土地に移植されたもの。「キウイ」はキウイ、キウイと鳴き、「エミュー」もエミューと鳴くことから名付けられた名前である。NZの鳥には元来天敵がいないので、飛ぶ能力を失ったというが、鳥と同様に羊も人間も木までのんびりとして大きい。
更に草原のなかに浮かぶ「デカポ湖」「美しき羊飼いの教会=Church of Shepherd」「ブカキ湖」を眺めながらバスは走る。途中「エドモンド・ヒラリー」の出身地という田舎町を通り、263キロ離れた憧れのクイーンズタウンに到着。この町は女王が住むに相応しい町という意味で名付けられた。人口は約15,000人の小さな町であるが、観光シーズンともなると数万人に増えるという。
実際、大晦日ということもあって町は観光客やスポーツ客で大賑いを呈していた。早速に市内見物。まずカワラウ川に架かっているバンジー橋には大勢の人だかり、最近、人気の「バンジージャンプ」がある。この橋は水面から43メートルにある吊り橋から、長いロープを足に縛り付けて頭から飛び込む。ロープは弾力があるから2度3度と宙にぶら下がった人を振り回し、下の川で待っているゴムボートに捕まえられるという仕掛けである。
スリル満点で、若者に大人気という。私も挑戦したかったが、60才以上は危険ということで、諦めた。
その夜は大晦日。とはいっても南の国では今が夏の真っ最中。サマータイムを採用しているので夜は長い。久しぶりの中華料理とワインで、すっかりいい気分になった。
その晩餐会で北海道出身で、北大予科を卒業後、新潟大学で整形外科を学び、新潟で開業している先輩T氏と知り合い、北海道時代の思い出などを中心に語り合いながらの快適な旅となり、今も親交を続けている。
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