トムラウシ山の遭難死に思う
2009年7月16~17日、悪天候の大雪山系トムラウシ山で、道外からの登山客が遭難、ツアー客とガイドの計8人が低体温症で死亡した(ほかに単独登山者1人)。夏山の事故としては過去に例のない惨事となった。
トムラウシ山に数回登った経験を踏まえて、私なりに今回の事故について検証して、この事故には3つの原因があると考えた。
1. 悪天候時のガイドの判断
遭難前日の15日は雨天の中、ヒサゴ沼の避難小屋で宿泊したものの、十分に体力が回復しないまま、16日の早朝20mの強風と雨の中を出発したことは、結果論ではあるが納得いかない。
またコースの途中の北沼分岐点で、暴風雨のなか1時間半も待機させたことは、体温・体力の低下をもたらした。この後パーティーは分散、北沼を含め3カ所で8人が遭難死することとなった。さらに救助要請の遅れによって、助かっていたかもしれない客を遭難死させてしまった可能性もある。携帯電話が通話可能かどうか事前に調査していたのだろうか?
2. 旅行会社の管理責任
コース設定に際して同行のガイド3人と、十分な打ち合わせをしていたのかは疑問である。ガイド3人のうち2人はトムラウシ山コースの未経験者と報道されている。ガイド選定に問題があるし、会社の管理責任が問われている。
装備についても不十分だった。装備リストを渡すだけでなく、口頭による説明も必要であり、防寒体制の不備は参加者の責任ではないように考える。
3. 公募ツアーの問題
公募ツアーのメリットは個人で行けない遠隔地の山、個人では難しい山に挑戦できることである。また、新しい山友達ができるメリットもある。しかし、参加者はガイドを選べず、ガイドも参加者を選べない。さらに、今回のケースではガイドや参加者が初めて顔を合わせたのは、集合場所の新千歳空港だったという。参加者の体力・技術力の差異を理解するコミュニケーション不足が、遭難事故につながったのではないか?
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無名山塾主宰の岩崎元郎氏は「大雪山系遭難の教訓『登山ツアー』安心安全五つの心得=『死の行軍』にならないための中高年ハイカー徹底ガイド=」と題して、文芸春秋(2009年9月特別号)に寄稿しているので、その要点を紹介する。
1. 主催側の問題点
主催であるアミューズトラベル社の名前を聞いたとき「やっぱり…」と思ったそうである。
今回のツアー参加者が宿泊したヒサゴ沼避難小屋をはじめ、人気コースの無人小屋で、同社はスタッフを先行させ、銀マットを敷くなどして場所取りをしていたという話を、ガイドや登山者から聞いている。通常、無人の避難小屋では到着順に寝場所を確保する。同社は自社のツアー参加者のことしか考えない営利優先で、その分危機管理が疎かになったのではないかと考えている。
2. 装備、行程、ガイドの問題点
(1) ガイドによる装備品(防寒対策)のチェックが事前におこなわれていたのか?
防寒具については、道内の山に登る時フリースなどを装備するのは常識である。北海道の2,000m級の山は、本州中部山岳の3,000m級の山に相当するので、透湿防水性のレインスーツや速乾性の化合繊・下着・簡易テント・ヘッドランプなどの装備が必要である。
(2) 行程について
予備日の有無よりも、悪天候で予定通り進めない場合、飛行機など帰路の交通機関を変更する判断などができるかが重要である。
(3) ガイドの資格
ガイドの資格で最重要なのは、豊富な登山経験に基づき色々な状況に臨機応変に対応できる能力である。
今回の事故で考えなければならないことは、「北沼付近で動けなくなった人が出た時点で、なぜ出発地のヒサゴ沼まで戻らなかったのか」ということである。その時点でこのツアー参加者たちを追い抜いた別のパーティーが無事に生還していることを考えると、このガイドたちは「小屋へ戻るよりも、このまま続行して下山してしまおう」と判断したのだろう。
悔やまれるのは北沼付近で最初の1人が動けなくなったあと、一行が1時間半もその場にじっとしていたことである。すぐに歩きだしていれば、風雨にさらされ体力を消耗することもなかったのではないかと岩崎氏は論じている。
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生還者の1人は「休んでしまうと体温が奪われてしまうと思い、歩き続けた。歩いているうちにポカポカしてきた」と言っている(「朝日新聞」7月18日付)。
もし参加者の状態や防寒着、テントなどの装備に不安があり、逡巡したのであれば、何故、その段階で警察に電話して救助を要請しなかったのであろうか。参加者からも「遭難しているんだから、救援を要請しないといけない」と声があがっていたという(「週刊文春」7月30日号「大雪山系『死の行軍』より」)。基本的に、山で携帯電話が通じると思ってはいけないが、午後5時前にビバーク先からメインガイドが携帯メールで救助要請しているなら、あるいは電話が繋がったのではないかと岩崎氏は疑問を投げかけている。
トムラウシ山への東大雪荘からの登山道は、3年前の大きな崩落により改修され、以前より約3㎞短くなり、天気がよければ日帰りも可能である。しかし、夏場といえども一度天候が急変すると気温が急速に低下するので十分な装備がなければ危険な山である。
さらに、北アルプスなど本州の山では登山ルート半日の行程に1カ所の山小屋があり、特別なことがない限り十分な休養をとることができる。しかし、トムラウシ山を含め道内は山小屋の数も少ない。
今回の遭難死の大きな原因は低体温症であり、防寒の装備が不十分であったと考えられる。
夏場の登山でしばしば経験することであるが、「疲労により眠くなった場合、周囲の状況にもよるが許されれば睡眠を取ることが必要である。そして、必ず死に至る直前に覚醒し、その時、かなり疲労は回復しているので、十分な暖かさと食事を取れば、死から免れることができる」。
この話は、第一次南極越冬隊に参加した北大医学部出身の中野征紀氏(北大山岳部OB)から、北大山岳部の合宿でよく聞かされた。非常用の衣服と食料は不可欠である。
登山時に本州から来た登山者と一緒になることがある。多くは日本百名山踏破の最終目的地として来道される。特に大雪山、トムラウシ山、幌尻岳、羊蹄山などで同行することがあるが、日程に無理があり装備も十分でないことが多い。このような場合、北海道の山の特性、気候の変化、山小屋や避難小屋の少なさなどを話すようにしている。
岩崎氏も提唱しているように、山の素晴らしさを知り、登山を愛好している中高年登山者こそ、安心安全登山の牽引役として発言を続けたいと考えている。
(平成22年1月1日付 北海道医療新聞 新春随想 掲載)
