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憧れの剣岳登山に思う

新田次郎氏の小説「劔岳―点の記―」が映画化され話題を呼んでいる。去る6月5日道新ホールの試写会で観賞した。

古来その険しさから「針の山」、宗教上の理由から登ってならない、登れない山、「死の山」といわれてきた人跡未踏の剣岳に挑んだ明治時代の男たちの実話を基にした作品で、監督・撮影は木村大作氏。

撮影期間2年、撮影日数200日以上、標高2999m、体感温度は氷点下40度を下回るのではないかという剣岳・立山連峰各所でロケを敢行。大自然とそこに挑む儚き人間の姿をフイルムに焼き付けた―と紹介されている。山を愛し、剣岳に挑んだことのある私は、一級の山岳映画として楽しませてもらった。

黒沢明作品をはじめ数多くの映画音楽を手掛ける池辺晋一郎氏が音楽監督で、木村監督自ら選んだというクラシックの名曲が、映像とあいまって情感あふれるものだった。

ストーリーを紹介しよう。陸軍陸地測量部の柴崎芳太郎(浅野忠信)は、5万分の1の日本地形図のなかで「最後の空白地点」とされた剣岳周辺について、「陸軍の威信にかけて、剣岳の初登頂と測量を果たせ」という厳命を受ける。妻・葉津よ(宮崎あおい)の励ましを受け、柴崎は前任の測量手、古田制盛(役所広司)から紹介された案内人の宇治長次郎(香川照之)と剣岳の調査のため山に入ったが、登頂への手掛かりすら掴めずに下山する。

翌年の明治40年(1907年)、測夫・生田信(松田龍平)らを加えた測量隊総勢7人で雄山、奥大日岳、別山など剣岳周辺の山々に三角点を設置。

ついに剣岳に挑むが絶壁、雪崩、暴風雨、困難に次ぐ困難が、測量隊の行く手を阻む。一方、創立間もない日本山岳会の小鳥薄鳥水(仲村トオル)らも最新の登山用具を揃え、剣岳山頂を目指し、測量隊と初登頂を争っていた。

撮影に入る前、木村監督はキャストとスタッフに「これは撮影ではない。行(ぎょう)だ」と語ったという。ほんのワンカットのために、9時間も山の中を歩く。天候が回復するまでひたすら待ち続ける…。そうした辛抱強い作業のひとつひとつが、これまで誰も撮れなかったような圧倒的な映像美を実現した。

木村大作氏は1939年生まれ。「隠し砦の三悪人」「用心棒」など、黒沢明作品の撮影助手を経て、「八甲田山」「復活の日」「駅 STATION」「火宅の人」「鉄道員 ぽっぽや」「ホタル」など日本映画史に残る数々の名作を撮り続け、50本目にして初監督に挑んだ。木村監督が本作で描くのは、名誉のためでも己の利のためでもなく、ただ自らの仕事に誇りを持ち、剣岳の測量に命を懸ける男たちの姿である。

現在の剣岳の標高(2999m)は2004年にGPSなどで測量して、確定したが、柴崎らの測量は「2998m」。差は僅か1mだった。理不尽な「上官の命令」に端を発しながらも、与えられた使命に全力を尽くし、静かな情熱を燃やす彼らの姿は、現代の私たちの心を深く揺さぶる。

当作品の副題には「ひたむきに歩め、前人未到の頂へ」と付けられている。妥協を許さない厳しい映画人として数多くの作品のカメラマンを務め、日本人の心と自然を撮り続けてきた木村氏の生き方に重なっているようにも思えた。「人の目線からの画を大切にしたい」という監督の思いのもと、CGや空撮は一切使われていない。自然の美しさや雄大さ、厳しさを映し出すカメラワークは圧巻。壮大な山々の四季の移ろいを映し出すことによって、重厚な人間ドラマを一層引き立てている。

ぜひ山を愛する諸先生に観賞していただきたい。

「剣岳」は単独峰だが、別山乗越からブナクラ乗越までの広い山域を、通常「剣岳」と総称している。もっとも一般的なルートは、別山尾根から前剣を経るコースで、上部には「カニのヨコバイ」などの岩場が連続、岩稜登高の豪快さを充分味わうことができる。

剣岳には弘法大師が草鞋千足を費やしても、登頂できなかったという伝説がある。古来、剣岳は立山修験と呼ばれる山岳信仰の対象であり、雄山神社の祭神の一つである天手力雄神(太刀尾天神剣神・本地不動明王)の神体として信仰を集めてきた。その一方で、立山地獄における「針の山」として恐れられてきた。

人跡未踏の山とされていたが、明治40年剣岳の頂上が極められた時、頂上からは古い錫杖の頭部と槍の穂(奈良時代?)の2点が発見され、さらに近くの岩屋には焚き火の跡まであった。この錫杖などは国指定の重要文化財となり、富山県山岳連盟のシンボルとして旗にも印されている。

「日本百名山」の著者、深田久弥氏は、北アルプスの南の重鎮を「穂高」とすれば、北の俊英は「剣岳」であろうと述べている。その峨々たる岩稜、峻険なる氷蝕谷を巡らせた片麻花崗岩の尖鋒は、「岩の殿堂」の名に恥じない。

また同氏は、「万葉集」に見られる「立山(たてやま)」について、これは今の立山ではなく、剣岳のことだとの説を唱えている。

立山(3015m)は古来より富士山、白山と共に日本三大霊山と称され、神仏混在の山で修験霊場として多数の信仰者を集めている。

厳しい立山での修行を乗り越えて仏門に入ろうとする人々が全国から集まり、山岳仏教の一大聖地として近年まで立山衆徒の厚い信仰に守られてきた。

立山三山とは、浄土山(2831m)、雄山(3003m)、別山(2880m)を言うが、この山稜には立山連峰の最高峰の大汝山(3015m)、富士の折立(2999m)、真砂岳(2861m)などが含まれている。

剣岳は3000mに少し欠けるが、その主稜線は立山連邦から延び、東西に二分される深い谷により急峻な稜線をなしている。

◇ 私たちの登頂記 ◇

剣岳の登山ルートは2つある。別山尾根ルートと早月尾根ルートである。両ルートとも、途中、山小屋に1泊し、翌日山頂を目指すのが一般的である。

私たち夫婦は別山尾根ルートで次のような行程を組んだ。

  1. 東京~松本(車中泊)
  2. 松本~立山・室堂~剣御前小舎~剣沢小屋(泊)
  3. 剣沢小屋~一服剣~前剣~クサリ場~カニのヨコバイ、タテバイ~剣岳山頂~前剣~剣沢小屋(泊)
  4. 剣沢小屋~剣御前小舎~雷鳥沢~宇奈月温泉(泊)
  5. 宇奈月温泉~富山空港~千歳空港

そして2000年8月のお盆休みを利用し、剣岳へと向かった。

【1日目】東京から松本(車中泊)

【2日目】松本より電鉄。ケーブル・バスで室堂。登山準備をし、雷鳥沢経由で剣沢御前より剣沢小屋(2470m)に1泊。

【3日目】早朝3時、剣沢小屋出発、一服剣へは急な登り、大勢の登山客で大混雑。前剣(2813m)への登りは足場が悪い。前剣を越えると、クサリ場の連続だが、足場のスリップに気をつけ、しっかりクサリを握っていれば、スリルが快感になる。特に3点支持の必要はない。前剣の中腹から、一服剣を振り返る。

ここからは、岩場の連続である。カニのタテバイ、ヨコバイを慎重に登り、ようやく剣岳山頂に到着。所要時間は6.5時間。予定より1.5時間も要し、これはクサリ場、カニのタテバイ、ヨコバイで、待ち時間が予想以上に掛かったためである。勿論疲労も考えられる。

山頂は快晴。360度の展望。立山、室堂、弥陀ケ原を望む素晴らしい眺め。祠の前で記念撮影。山頂横の雪渓から八ツ峰を撮る。

下山時のカニのヨコバイ、タテバイ、クサリ場はスリル満点である。

剣岳登山3日目のカニのタテバイ
剣岳登山3日目のカニのタテバイ

【4日目】早朝5時、剣沢小屋から雷鳥沢を経て、室堂から宇奈月まで黒部峡谷のトロッコ列車。鐘釣、欅平まで約20キロを1時間半かけて、黒部の素晴らしい眺めを楽しんだ。宇奈月温泉に1泊、山の疲れを癒した。

黒部川本流の欅平付近の奥鐘橋からの眺めも素晴らしい。

【5日目】富山空港から千歳空港を経て帰宅した。

剣岳独特な白っぽい灰色の岩が、やけに光に反射して、まぶしく感じられた。1歩1歩のスタンスの大きさが、体を持ち上げるのにひどく大儀であった。岩場では呼吸が荒くなり、ハッ、ハッ、ハッと、息をつきながら、ずるずると登っていて、前かがみになって息をする。私にとって剣岳は、厳しさで印象深く、チャレンジの言葉が似合う山といえる。

北海道医療新聞(夏期特集号第2部)2009年8月7日付掲載

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